インタビューズ-何故今になって占い師としての看板をあげる決意をされたんですか?

「これまで趣味の一つとして占いをされてたようですが、何故今になって占い師としての看板をあげる決意をされたんですか?差し支えのない程度でいいので教えて下さい。」

私がタロットをめくると依頼者のパンツに限りなく近い配色のカードが出るのです。
それで決意しましたうそですすみません。

学生時代にタロットをはじめかれこれ十数年ですが、スピリチュアル信仰はない人間だもので、どれだけ感謝されても、占いが当たってあの後こうなったのだという話を聞いても、自分の占いに自信が持てなかった。看板をあげる気なんて更々ありませんでした。

ちゃんと占い師を名乗ろうと決意する、きっかけとなった時期が訪れました。
重たい石がゴロゴロと、転がり始めたらなかなか止まらない、みたいな感じ。

まず、継続して鑑定させてもらっていた方で、自分の占いがこの人の助けになれたんたなーと実感できる出来事がふたつほど起こりました。
一人は生きてくれたし一人は無事ご結婚されました。ワーイ!ヤッター!
本人の行動の成果ですが、占いはそれに関わる1%くらいの、道路標識程度にはなれたと思います。

あとまあ、私は友達や、友達の友達、友達の友達の友達を占っていたらいつの間にか独り立ちしていましたが、自分のように店舗を構えないスタイルだと継続し て定期的に鑑定させていただく方が多くなり、やはり時間も使うし疲れるし、今はよくてもいつか限界がくるだろうなあと想像がつきました。

ボランティアでやっちゃうとあんまりよくないんやろなあというのも、以前から漠然と感じていました。
もう一つの趣味である大道芸の業界がまさにそうなのですが、占いも、相場を崩すことが業界全体に悪影響を及ぼす職種なんです。
研究して技術を磨くには時間と資本が必要なので、「価格競争すればいいじゃない残るやつが残ればいいじゃない」では師匠クラスの人間が育ちません。
すると、その弟子の層も育たなくなって、大道芸人も占い師も質が落ちます。質が落ちると満足していただける結果が出せなくなり、人の役に立てなくなっていくのです。

「占い師です」と名乗るようにすれば、広く利用してもらえるし、自分を管理しやすくなるし、業界に後ろめたさもないし、得た対価で本を読んだりいろんな占いに触れて勉強ができるし、いいことづくめ。

でも正直初めは自信がありませんでした。
2011年の、夏頃だったかなあ。たまたま阿倍野で行われていたカード展に足を運びました。
世界のトランプやタロットを実際に見て購入できる催しです。

平日だったためタロットに触れるワークショップとやらが閑古鳥で、暇つぶしに参加しました。
講師として来ていた占い師さんと、もはやマンツーマンのタロット談議会状態。途中で学校帰りの高校生たちがやってきたので恋占いなどさせてもらいました。
一人、復縁したいという女の子のシャッフル中に戦車のカードが飛んでいきました。
「元彼めっちゃ俺様じゃないですか。心を見られる事をイヤイヤしてます。直感に優れ直情で動く人です。これはてんでデタラメがでる予感がします。ごめんな さい」と素直に申告して、シャッフル状況からわかったことをちょこっとアドバイスして終わりとしたのですが、その様子を見ていた占い師さんがすごく褒めて 下さって、なぜ看板を上げないのかわからないと仰ってくださいました。素直にうれしかったし、後押しになりました。

自分が納得できない状態では申し訳ないので、本格的に勉強を始めました。
1か月に2,3冊なら吸収できるのではと見積もり、1年に50冊、多方面の専門書を読むことを目標としたのですが、財布からものすごくお金が減るのでなんでやと追求したら、楽しくて半年でえらい数の本買って読んでしまってました。
1年続けようかなと思ったのですが、前より自信がついたのは確かなのと、時期を区切ることに意味が見出せなかったのと、心から納得できる日なんて死ぬまで 来ないだろうということが分かったので、名刺を作って、継続して鑑定している方にあいさつして、占い師として看板をあげました。

まあ肩書なんて本当はどうでもいいんですよ。
占い師でもカウンセラーでもセラピストでもコンサルタントでも。
やってることは「相談に乗ること」「津島輝子として話を聞くこと(そして科学反応が起きたらいいよね的な)」です。
でも、「占いのできる友達がいてさ~」より「友達に占い師がいてさ」のほうが、「ちょっちょっうぇっうぇwwなにそれ」ってなるし、なんかおもろいやないですか。だから占い師ってことにしています。

※この記事はTHEINTERVIEWS
津島輝子「右と左が分からなない若輩者でございますが」
http://theinterviews.jp/teruruより転載しました。

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