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2011.7.3(日) やったー! 冷感+虫除けスプレーできたよー!

節電や何やの影響でしょうか。 先日雑貨屋で 冷感ボディスプレーなるものを見つけてあら良いじゃないと思ったのですが、お値段がぜんっぜん可愛くなくてですね・・・・・・。
成分表示を見たら「エタノール 水 メントール グレープフルーツ香料」と、十分作れそうだったので自作することにしました。
(ネットで調べたらやはり自作していらっしゃる方が沢山いるようで、参考にさせていただきました)

ハッカスプレー :*: 材料 :*:
薬局で手に入ります。

ハッカ油(20ml約500円でした)
消毒用エタノール(500ml約700円でした)
精製水(500mlで78円でした)
スプレー瓶 (ホームセンターや百均などで)

ハッカ油を入れる際にスポイトがあったほうが微調整ができて便利かもしれません。私の家では適当です。

スプレー瓶はアルコールを入れるのは避けろと書いてあったものを使っていますが特に問題なく使えています。精製水で割ってるからかな?
気になる人は、生活の木などで売られている専用の遮光スプレー瓶のほうがいいかも。青い瓶でかっこいいんですが約400円とちょっぴりお高価め。

あーっと、私が行った薬局ではハッカ油はカウンターの方にあって、店員さんに「ハッカ油って置いてますか」と声をかけないと出してもらえませんでした。店内で材料が見当たらなかったら素直に尋ねたほうが早いと思います。

ハッカ油だけでも多少の虫除け効果はあるそうなのですが、もしお家にあれば次のエッセンシャルオイルは虫除け効果があるとされていますし、いい匂いがするのでお好みで混ぜてみてください。

レモングラス ユーカリ ペパーミント ゼラニウム シトロネラ ティーツリー

※ レモングラス ユーカリ ペパーミント は肌への刺激が強めだそうです。

※ ユーカリ ペパーミント ゼラニウム レモングラス は妊娠中はあまりよくないとされている香りだそうです。

:*: 作り方 :*:

精製水は入れずにエタノールとハッカ油だけで作る方もいるそうですがコスパを良くするために精製水を入れています。

大雑把に作っちゃって大丈夫ですがうちでは

エタノール 100ml
精製水 50ml
ハッカ油 5〜10滴

くらいの分量がちょうどよかったです。上記の順番で瓶に注ぎました。
ついでにそのへんに転がってたレモングラスのエッセンシャルオイルを5滴ぐらい入れました。いいにおい。
肌は強くないけれど、特にトラブルは感じていません。

ハッカ油の濃度は好みなので、ほんの少し入れて使ってみて、足りないなと感じたらまた数滴入れてみる、というのが良さそう。

精製水の割合がもっと多くても使用に差し支えないとは思いますが、エタノールにハッカ油が溶けきらない場合は白くにごります。

ハッカスプレー
これはためしにエタノールと精製水を1:1の割合でハッカ油スプレーを作ったところ案の定濁ったので、上にエタノールを足したよという画像です。エタノール濃度が高い上のほうは透明になっています。このあとシェイクしたら完全に透明になりました。

ところで、薬局に行ったとき、「消毒用エタノール」の他に「無水エタノール」「消毒用エタノールIP」というものがあってどれがよいのか迷いました。

「無水エタノール」は15℃でエタノールを99.5v/v%以上含むもの。
「消毒用エタノール」は15℃でエタノールを76.9〜81.4v/v%含むもの。この度数が一番殺菌消毒に優れているのだそうです。
「消毒用エタノールIP」これめっちゃ安いんですが(298円で売られてました)、イソプロパノールを添加することで酒税の対象からはずし価格を下げているそうです。
イソプロパノールは刺激が強く、どっかの知恵袋を参照したところ、「薬品を使う仕事をしていますがイソプロパノールはすごく手が荒れます」といった話があったので、毎日使うスプレーには向かないのかなと。

どうせ薄めちゃうんだから無水エタノールほどの濃度も必要ないし、「消毒用エタノール」で良かろうと判断しました。

スプレーを振ると30分くらい、ひんやり感が持続します。
蚊に刺されるとすごく腫れる体質なのでこれまで夜も虫除けスプレーを振って寝ていたのですが、このスプレーならディート(虫除けの薬品です)を体につけるよりはなんとなく安心です。

残ったハッカ油の使用方法ですが、シャンプーに混ぜたり、お風呂に落としたりすると清涼感が得られるそうです。
車の灰皿に落とすと消臭効果が。上記スプレーを枕や玄関に振っても良いんですって。

でも、私はお風呂に1滴ハッカ油を落として入ったらちくびがヒリヒリしました。
お肌の弱い人は気を付けてね(白目)


2011.7.1(金) 占い師になりました

ウィークデイは大阪で仕事をし、週末は地元に帰る生活を続け、気がつけばまるっと半年経っていました。
2011.1.19(水)の写真は母の入院中に病院から撮影したものです。
なんだか本当にいろんなことがありました。地震のこと、個人的なこと。

母は、もう手の施しようはないのですが、本人の希望で薬を飲みながら自宅で過ごしています。延命よりもQOL(人間らしい生活)を重視、とかいうやつだそうです。
「余命がつけられないと言われたのに半年生きてる!イエー!」
といった感じで、家の中は意外と明るいです。
調子がよいときは、お庭を耕して、きゅうりやサニーレタスやトマトを作ってるみたい。先週、まだ6月だというのに早成りのきゅうりがとれて、喜んで一緒に食べました。

あーと、4月ぐらいに私自身の具合が悪くなって病院へ行ったら、無排卵(多のう胞性卵巣)と診断されました。
ちょっと。もう。B型肝炎で普通の寿命がまっとうできない可能性が高い上に子孫も残せない(いやお金をかければなんとかなるかもしれないそうですが)だなんて、霊長類ヒト科ヒトとして無価値すぎるし、賞味な話どう生きてよいかわからなくなったりもしたのですが、、、生きています。
泣く日もありますがtwitterを見てもわかるとおり、笑って生きています。大丈夫。

実家が客商売をしているので、小さな田舎町だし噂が広がっても良くないから、と、地元の友人とあまり会っていなかったのですが、この間久々に集まった折に近況報告として
「11月に彼氏のおじいちゃんが死んで、12月にうちのお母さんが末期がんで入院して、ウチの愛犬のボンボが急死して、ウチの父方のおばあちゃんが入院して、私の具合が悪くなって病院行ったら基本的に自然に子どもができるからだではありませんと言われたところ」
と話したら、「ちょっと!!だいじょうぶなん!!」とびっくりされました。
「なー。御祓い行ったほうがいいんかもなー」と茶化したら
「そうじゃなくてボギー(←私のあだ名)は大丈夫なん?(精神的に)」と。
良い友人を持ちました。

霊長類ヒト科ヒトとして無価値であるならば、私は人との関わりで求められることに価値を見出し生きて行くしかありません。
それだけがきっかけじゃないんだけど、前々から考えていたことや積み重ねてきた勉強、ホンマに偶然かなと疑うような出会いなど、複数のことがあり、このたび占い師として看板を上げることになりました。

びっくりしますよね。私もびっくりしました。


2011.7.1(金) 本当は12月9日に書いてあった日記

妹から「病院に行かない母を説得してくれ」と電話があって地元に帰ってきたけど、説得するまでもなかった。
お母さん、足の激痛で、すでに病院に運ばれてた。
肝臓に10センチの腫瘍。骨に転移し、第五腰椎という骨が食われているそうで。
中央病院でさじを投げられ、本日12月9日、市民病院に連れて行きそのまま入院しました。

お母さん、一年前に一人で病院に行って、肝臓に腫瘍があるとわかっていたけど、 「それは手術で取れば治るんですか?」と医者に尋ねたら、答えが帰ってこなかったので、
「なら残る時間は私の時間です。家で過ごします」と、病院をバックレたそうです。
初めて聞きました。

母は、同じくB型肝炎キャリアであった兄(当時30代前半)を肝臓がんで亡くしています。だから覚悟はしていたと言います。
誰にも言わずに、お昼にやってたうどん屋を閉めたり、妹を店を継ぐ事を勧めたり、自分が居なくても夜の居酒屋がまわるように仕込みが出来る人員を整えたり、自分の服を捨てたりと、一年かけて、心配事をなくして、死に仕度を整えていたそうです。

#母の兄が肝がんで倒れたときに母方の家族皆検査を受けたところ、
#母の兄、母、ひとつ下の妹の3人だけが、キャリアだったそうです。
#3人は年も近い。おそらく昔は常行であった予防接種のまわしうちが原因です。

私も短期大学生のころに献血でB型肝炎母子感染無症候キャリアであることがわかりました。
#私が生まれた1983年はまだ、出産時の血液感染症を防ぐ処置が施されていなかったそうです。
#1985年以降にはその処置が施されるようになって幸いにも妹や弟、いとこは大丈夫。

日常生活に支障はないものの、死を意識してみると生き方が大きく変わります。
私の場合、いつ死んでもいいように部屋を片付けるようになりました。
口に入れるものに気を使うようになりました。きちんと料理をするようになりましたし薬に詳しくなりました。
進路が大きく変わりました。芸術大学の出ですが、就職したのは薬屋です。
結婚はしたくてもしてはいけないように思っています。三十いくつで死んだ母の兄は結婚しており子も三人いましたが、残された義叔母はやはりさびしそうです。

もし自分が母と同じ立場だったら。
やはり母と同じように一人で死に支度を整えるだろうと思います。
だから一人で覚悟を決めた母を責められません。

入院している病室に先生が血液検査の結果を持ってきました。
ガンの数値(?)が、20以下が正常値であるところ、14万ナンボという数値で出ていました。

母は、「すげー、チョウカッコイイだろ!育てたった!」と自慢していました。
あと、やっぱり泣いてました。

夜、会社の上司が、気に掛けて電話をくれました。
部屋で一人で泣いてるときでした。

鼻水たらしながら状況を話したら、「会社のことは気にせんでええから。今津島さんがどうしたいかを一番優先してくれたらええ。退職という道も視野に入れて考えたら良い。退職を勧めてるんとはちゃうよ。私は津島さんとは一回りも年が離れてるけど、妹みたいな、親戚みたいなそんな風に思てる。いつ戻ってきても、津島さんの席は必ず私があけておくから。そこは心配せんでええねんで」と言われました。ありがたい。

お言葉に甘え、週中一杯は会社を休んで赤穂にいることにしました。
母がいないからお茶の葉の場所がわからない。父は洗濯機の使い方がわからないと言ってたから教えなきゃ。しっかりせねば。わたしはお母さんが大好きなので、やはりつらいです。泣いてばかりいたらなんか目蓋がごっつ二重になった。

去年の正月ずいぶん楽しかったことを思い出します。

私の恋人もうちの実家で過ごして、帰ってこないと思ってた弟も顔を出して、私が前にルームシェアしていた友人も途中で来ました。みんなすごくたくさんお酒を飲んだ。

妹が「最近お母さんは涙もろくて、」みたいな話をしていました。
今になって思えば、その時期ちょうど母は自分が癌と知って間もないころだったのでしょう。
母は「てるこは我慢ばかりさせて育ててしまった」と涙声で言いました。
確かに我慢ばかりして育った覚えがあったので、ぶわっと涙が出そうになったけど我慢しました。

わけわかんなくなるまで酒を飲まされた私の恋人が、私の手を握って父と母に「てるこさんをつくってくれてありがとーございます」と言いました。
ほんとひっちゃかめっちゃかだったけど、すごく楽しかった。

来年はどんな一年になるのかな。
不安だけれど、悲しい顔をして何かがどうにかなるわけではないし、元気に過ごしたいと思います。
年内にまた文章をかける気がしないので今のうちに年末のご挨拶を。
生きてるといろんなことがあるけれど、すべてはしょーがねーことなのです。
どうかあなたが笑顔多めで過ごせますように。よいお年を。


2011.1.19(水) パラシュートでゆらゆらと

病院んより 一体自分がどこに着地するのか
下界を見下ろし不安になっては
このままでいいのか
よくないのか
考えたり
たまに風に流されたり
森や海や鳥に見惚れたり
とにかくわかっているのは
ゆっくりと降下しているということだけで
一体自分がどこに着地するのか
下界を見下ろし不安になっては
このままでいいのか
よくないのか
考えたり
たまに風に流されたり
森や海や鳥に見惚れたり
とにかくわかっているのは
ゆっくりと降下しているということだけで
一体自分がどこに着地するのか
下界を見下ろし不安になっては
このままでいいのか
よくないのか
考えたり
たまに風に流されたり
森や海や鳥に見惚れたり
とにかくわかっているのは
ゆっくりと降下しているということだけで
一体自分がどこに着地するのか
下界を見下ろし不安になっては
このままでいいのか
よくないのか
考えたり
たまに風に流されたり
している。


2010.11.20(土) 食べることは生きること

晩酌

はんばーぐ

明太子パスタ

レタスチャーハン

“一緒にご飯を食べた回数が多い相手ほど別れが辛いものだ” と、誰かが言っていた。

彼の実家のおじいちゃんは、癌が進行しきって、もういよいよ年内いっぱいだろうとの話らしい。

彼は会社に頼んで休みを貰い、今日から数日間地元へ帰ることになった。

私は一緒に行かないけれど、以前一度だけおじいちゃんと朝ご飯をご一緒させてもらった時に家紋の話をしたことと、いつか彼から聞いた
「好きなものから順に食べるといつでもその食卓の中で一番好きなものが食べられる」
というおじいちゃんの持論を、思い出している。




そういえば、私たちがまだ大学生の頃、大道芸サークルの仲間が飼っていたハムスターの「もち」が死んだ。
焼いたもちみたいに背中のとこだけふんわりきつね色で、食いしん坊のかわいいハムスターだった。

二人きりになってから、それはもう、わんわん泣いた。私だけが。

彼は静観していた。

「人のことでそんなに泣けるのは、凄いなあ。俺は、そんなふうになれない。冷たいのかもしれない。例えば家族に何かあったとして、ちゃんと悲しくなれるだろうか」
と言った。

めったに自分のことは話さない人だけど、その時初めて心に触れたと感じたのでよく覚えている。



彼はやはり泣くだろう。

あれから長いこと一緒に過ごした今ならわかる。



私は二人で食べるご飯を作って、帰りを待っている。


人は誰しも “死ぬまで生きている” だけだけど、できれば笑顔が多くあれば良いし、喜びの基本はやはり食べることにあると、私は思う。



一つでも多く刻んで行けますようにと、願いを込めて料理をする。


明日死んでも悔いがないように。

今日死んでも悔いがないように。


2010.10.25(月) ゆるとれ

最近、ゆるーくではありますが筋トレに勤しんでおります。
朝、起きると大体うつ伏せに寝ているのですが、まずその姿勢から腕立て伏せを20回。ついでなので腹筋も20回。白湯を一杯。

「わあ!もうこんな時間! 今日はいつもより一本早い電車で出勤しようと思っていたのに!」



―――いつも通りの時間に出勤です。
おめでとうございます。ありがとうございます。

帰宅後はお風呂を沸かしながら腹筋を20回、背筋を20回、腕立て伏せを20回
そして筋力の弱い右腕を鍛えるために100均で買ったなんか腕を鍛えるやつ(適当)をモギュモギュします。

入浴後、ストレッチ。そしてビール。
プハー。たまりませんね。



えっ、体重ですか?
全く減る気配がありません。
一体なぜでしょう……。
不思議でなりません。(ビールを片手に)


2010.9.1(水) 夏の思い出

今年の夏はやたらとアクティブにあちこちへ遊びに出ておりました。

短大のお友達が「枕投げしたいから合宿しようぜ」と声を掛けてくれて、友達の友達や友達の友達の友達などを集めて、お互いにほぼ初対面、下は19歳から上は30代までの総勢20名で白浜へ合宿に行ってきました。

青かったです。海も、我々の唇も。(雨でした)

白浜にいる 洞窟 千畳敷 

1日目こそ皆よそよそしかったものの、夜、お酒が入ればたちまち仲良くなり、枕投げをした結果宿舎のグラスを割り翌朝合宿所のおばちゃんに謝るという大人げないことをやらかしながらも気がつけば全員の名前を覚えていました。

旅行後も頻繁に会って遊んでいます。

学校というものを卒業して早4年が経ち、必然的に会社での人との出会いが大半を占め、「これから先新しく友達が出来るなんてことは早々ないだろう」と高を括っていたけれど、良くない思い込みだったみたい。

簡単に天井を見た気になってはいけないね。
その気になれば、なんだって。


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