「あなたたち結婚しないの?」の問いかけには慣れた

私の好きな人は、自分のことを「ダメなやつ」だと思い込んでいて、
周りが「そんなことないんだよ」って言っても全部はねのけてしまう。

夏頃だったか。
「お母さんが生きているうちに、結婚できないか」と彼に聞いたことがあった。

彼はすごく困って、なんにも言えなくなって、一時間にも二時間にも思えるような時間
(たぶん実際は二十分とか三十分だったんだろうけど)が過ぎた後に、

「5年以上費やして、結論も出せずこの有り様で、なさけない。クズだと思う。
自分がもしてるこさんの周りの友人のひとりだったなら、そんな男はさっさと切り捨てろと言う。
こんなクズにこれ以上の時間を費やし付き合わせるのは酷だ。別れた方がいいと思う。
正直てるこさんにはもっといい人がいると思う。なのに“別れよう”のひとことが言えない。
てるこさんは好きだ。今更てるこさん無しで、ひとりで生活してゆく未来の想像がつかない。
なのに結婚しようとも言えない。こんな、何年もかけて、お母さんも臥せって、
こんな状況なのにまだ選べない。クズだ」

と、ぼたぼた落ちる涙と鼻水になす術もないまま、ゆっくり少しずつ言った。

背中を擦って、抱きしめて謝った。

「ごめんね、ごめんね。私の事情で急かしてしまった。
おかあちゃんの人生は、おかあちゃんの人生。もうすぐ幕引きなのはしゃあない。
私達の人生は私達のものだね。それとこれは一緒にするべきじゃなかった。
ごめんね。大好きよ。一緒にいようね」

私の母は賢い人で、ちょくちょく母のお見舞いに現れる彼に
「○○くん、大好き大好き! たくさん美味しい物を食べさせてあげたい」とは言っても、
「てるこをよろしく」なんてことは一切言わなかった。

病院にいるほうが長くなった秋の日に、母は病室で私を抱きしめてこう言った。
「○○くんは本当にいい子やね。お母さん○○くん大好き。
てるこは自慢の娘やで。てるこは幸せにやってくからな、安心しい。
○○くんもやで。二人で一緒におっても、他の誰かと一緒におっても、幸せに生きる。
同じことや」

そう、幸せに生きる。私も。彼も。
一緒にいても、いなくても。結婚しても、しなくても。

そういうわけで私たち二人に結婚の予定はないです。
だけど、私が幸せそうにしていると、彼もにこにこして
「ああ、このままの自分でいいんだな」と、自信を持てるようだから、
あたたかい時間を重ねて、いつか自然とそういう日が来ればと願っている。