生後10ヶ月の育児疲れ。仕事と育児と家事。ごめんねの世界で生きるつらさ。

10か月になったばかりの娘が突然テレビに向かって全力で手を振ってバイバイをしはじめた。
娘の生まれて初めてのバイバイが誰に向けられているのか、一体何事なのかと目をやったら、
「お疲レーシック角膜ぺりぺり~」のゆっこママ(マツコの番組によく出てくる人)がテレビの中からめっちゃ手を振っていた。

そんなわけで日々新鮮な驚きや成長の喜びや笑いがあるわけだけど、一方で私はいま、たぶんとても疲れている。

数日前、自宅で仕事中、すこし仕事の方に集中しすぎてふと娘が静かだなと様子を見たら、キッチンの扉(ロックを忘れていた)を開けオイスターソースの池を作り、うまそうにペロペロ舐めていたという事件があった。
ゾッとした。
自分にがっくりしたし、本当に仕事と育児の両立は限界だと感じた。
なので昨日は、奇跡的に枠が空いていた一時保育にテク子を預けてお仕事に挑んだ。

朝、慣れない保育園でこの世の終わりとばかりに泣くテク子に「ごめんね。迎えに来るから大丈夫だよ。頑張ろうね」と諭し、園の先生に「たくさん泣くと思うけどよろしくね~ごめんね~」とお願いし、でも夕方4時にはお迎えだから仕事は産前の半分ほどしか進まず、取引先にも「もっと仕事したいんだけど、ごめんね~」と謝って。

なんでこんなに、自分は謝らなきゃならないんだろう。
人は自分の過ちを認めるときにごめんねと言うはずだけど、私はなにか間違っていて、謝らなきゃならないのだろうか。
育児は、人に謝り倒さなきゃ円滑にいかないものだろうか。
私はなにを謝っているんだろう。だんだんわからなくなってくる。
たぶんほんとうに疲れが溜まっているんだと思う。
育児と仕事の両方をする日より負担はないものの、溜まった仕事はいつも以上にこなさねばならないし、身体を休めたわけではないし。

夜9時。夫が仕事から帰宅して、夕飯とお風呂を終えたので、子どもを見る役目をバトンタッチした。
キッチンに立ち、翌日のお弁当と私のお昼ご飯を作った後、デスクに戻って夜中にかけて仕事をする。いつもそう。
しゃあない。ムリゲーでもやるしかない。仕事は家族が生きていくためであり、私がこの世で活きるためでもある。

夫は友人からの飲み会の誘いを断ったそうだ。
それはまあ、ありがたいんだけど、 “妻と子のために飲み会を断った” って顔するから悲しくなっちゃった。
疲れているところに止めを刺されてしまった。泣いてブチギレてしまった。

飲み会、行かせてあげたいのにごめんねとも思うけど、私は、家まで遊びに行くよって言ってくれてるお友達すら断って、家のことと仕事をしなきゃいけないのに。
なんでこんなにも、私は「ごめんね」の世界で生きなきゃいけないんだろう。
そもそも、夫が飲み会を断ってくれることは私が「ありがとう」と思わねばならないことなのか?

かなしい。しんどい。怒るのつかれる。離乳食しなきゃ。
最近おっぱいおっぱいで全然食べてくれない。飛び散るお米。引っくり返るお味噌汁。しんどい。