生命線の薄さを密かに気にしている

私はもう、ずっと、家族が欲しくて。
例え婚姻関係を結び家族になったからといってそれは永遠では無い、そう知っているのに、家族が欲しくて。物分りの良い頭と物分りの悪い心の狭間でずっとゆらゆらしている。
家族が欲しいのに、誰かと家族になったら、悪いなあとも思う。
長く生きないリスクが人より高い。子孫を残せない可能性が人より高い。
自分の孤独もその人自身の孤独も一挙に引き受けさせてしまうように感じて、
ともに寄り添い生きたいだなんて申し訳ない。どこにゆけば良いかわからない。

大学の頃か。検査で大事なアナウンスの実習を休む際に
「いつ死ぬかわからんなんて、みんな同じやん」と、同級生が言った。
たぶん励ましの言葉だったんだと思う。
でもその人の「いつ死ぬかわからん」と、私の「いつ死ぬかわからん」は
果てしなくあちらがわとこちらがわのように感じられた。
「心配しすぎ」だと、言う人は多い。
だからあまり他所で言わないようにしている。
でも同じ病の親戚は確かに33で死んだし、母も55で死んだんだよ。
それは本当のことなんだよ。

私の好きな人は、「いつ死ぬかわからんなんて、みんな同じやん」も、
「心配しすぎ」も言わず、ただ、「つらいね」と言ってくれる。
火葬される母をみんなで見送った時、「私達が悲しむと母が嫌がるだろう」と思って
泣かずにいた私や妹の横で、恋人はほとほと静かに涙をこぼしてくれた。
優しい優しいひと。
そういうところが大好きだけど、でもそういう思いを何度もさせたくはないなあと、漠然と思う。

まだ未来は決まりきっていない。
生きている間、私は私にできることをするだけ。仕事、暮らし、誰かとの関わり、生きるということ。
私は何も諦めていないしこれはポジティブな言葉のつもりなんだけど、人にはどう聞こえるのかな。

いつかすべてを受け入れる。
「いつか」が、たまたま今じゃないだけ。
大丈夫。