~ エンゼルフィッシュ ~ (前編)

大好きなthe pillowsの曲のタイトルで全く無関係な小話を書こうと思った。

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うちのエンゼルフィッシュは、喋る。
ホームセンターで彼氏が「綺麗だったから、つい」と、衝動買いしてきた子だから、本当にごくごく普通のエンゼルフィッシュのはずなのだが。

亜熱帯の海から来たくせに何故日本語を、とか、水の中に居るくせにどういう原理だ、とか、思うことは色々あるけど、とにかく現実に喋るんだからしょうがない。
一番最初、「毎朝毎朝、綺麗に髪を結わえるわね」と、魚の方から話しかけてきた日にはそれはもう飛び上がるほど驚いたが、彼氏に訴えても「まだ寝てるのか」と笑われるだけだったし、私も私で単純な方なので、すぐにそういうものなのだと受け入れてしまった。

エンゼルは、私たちが二人でいるときは頑なに喋らない。人見知りなのだ。
彼氏と私は御互い社会人で同棲しているけど、彼の方が比較的夜遅いので、私が仕事を終えて家に着いてから彼が帰ってくるまで。夕暮れ時がエンゼルとのおしゃべりタイム。

おしゃべりといっても、たいしたことはない。
私は例えば、窓際で育てているベンジャミンの鉢植えに水をやりながら、テレビを見ながら、料理をしながら、独り言のように言葉を発し、エンゼルはそれに応えて言葉を返す。

今日は仕事で嫌なことがあったのでスーツも脱がぬまま早々にビールを開け、エンゼルに少し愚痴を聞いてもらっていたのだが、不意にこの日常の異常さを思い出し、
「シーマンみたいなものかな……」
ポツリと呟くと、エンゼルはフワリと長い尾びれを翻して
「そんな古いもの、知らないわよ」
と少しむくれたようだったので、なんだ知ってるんじゃん、と思った。