■2006/5/11(木)

夢が壊れる音を沢山聞いてきました。「芸大いく」と決めたとき、まだ世の中にどんな仕事があるかも知らない高校生だったんだから、そりゃあね。

絵の具とスケッチブックを捨てた子は、アルバイトをして暮らしているけど、自分のことを「ただ生きてるだけ」と言います。
ピアノをもう叩けなくなった子は、暫くは呆けて死んだような目をしていましたが、今新しい夢を見つけて生き生きしています。

人それぞれ。

私は牡丹餅が落ちてきて、ラジオパーソナリティーになる夢を叶えることができたけど、腐った現場を目の当たりにしたり長く続けられる仕事だろうか?と現実を考えると、いろいろ無理だったので、今では白衣着て薬売っています。
自分が病気とも知らずマイクの前で目を輝かせていた昔の自分に聞かせたらびっくりするだろうな。

芸大卒で薬局に就職なので、友人や会社の人にどうしてなのと尋ねられることが本当に多いです。でも正直誰にどこまでを話してよいかわかりません。

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短大生の時に献血をしたら、赤い封筒が届いて、もう二度と献血来るなってこととあなたはHBs抗原陽性と出たので検査を受けに行け、と書いてあった。検査を受けてみたらセロコンバージョンしていたのでよかったけれど、「わけがわからないけどしぬのかな?」と思ったあの瞬間は本当に死を覚悟したし、今でも今日死ぬかもしれないと思いながら生きています。B型肝炎の私や母だけでなく、誰だっていつ死んでもおかしくないんだと思う。

自分が病気だって知る前は随分ふわふわ生きてたから、いつ何があってもいいように、ちゃんと、一度実家で、家族に感謝し、生きる時間を作りたかった。だから地元で就職することにしました。薬の知識は自分や大切な人を守る武器になるので、それで薬局を選びました。

でも、ずっと続ける気はなくて、1年を目途に大阪に戻るつもりです。

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なんて話をしてもね。重たいしね。

こうやって、考えてはいるけど話さないことが多いからみずがめ座はよくわからないって言われるんだ。しってる。

最近は1年後のことをよく考えます。今日死ぬかもしれないから明日の夢は描かない、なんて嫌。

こどもの夢は浮ついてるけれど、私はもう大人になったので、地に足つけて楽しい夢を見ようと思います。

そしてきっと叶えるんだ。

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